SLOGAN[長崎大会 大会スローガン] 異国情緒の地で
育もう友情の樹
2019.08.01-04@NAGASAKI

[大会シンボルマーク]

[第57回長崎大会 大会スローガン]

異国情緒の地で
育もう友情の樹

長崎は鎖国の時代に、唯一外国との交流があり、外国の文化と密接な関係を持っていました。異国情緒の地で、今回の大会を通して、参加者達の友情の輪が、大樹のように広がっていくこと、私達自身も大きく成長していくことを願い大会スローガンを作成しました。

(作者)長崎県スポーツ少年団

大会概要

全国都道府県代表の団員及び指導者の参加のもと、集団生活を行い、スポーツ活動・文化学習活動・野外活動・交歓交流活動等を通して、青少年のこころとからだを育てるとともに、スポーツ少年団活動をより一層促進し、地域における活動の活性化を図ります。また、大会はリーダーの育成を考慮したスポーツ交歓交流大会です。

期日 令和元年8月1日(木)~4日(日)
会場
参加者 約288名(予定)
活動 スポーツ活動、文化活動、野外活動、交歓交流活動
主催 公益財団法人日本スポーツ協会日本スポーツ少年団
公益財団法人長崎県体育協会長崎県スポーツ少年団
主管 第57回全国スポーツ少年大会長崎県実行委員会
後援 スポーツ庁/長崎県/長崎県教育委員会/佐世保市/佐世保市教育委員会/長崎市/長崎市教育委員会
支援 独立行政法人日本スポーツ振興センター
協力 公益財団法人ミズノスポーツ振興財団

長崎県の紹介

写真提供:(一社)長崎県観光連盟
01九十九島[西海国立公園]
“世界でもっとも美しい湾”に認定されました。

佐世保港外から北へ、平戸までの約25kmの海域には、複雑に入り組んだリアス海岸と208の島々が織りなす美しい自然景観が広がっています。
人が住む有人島は4島、他はすべて無人島で、ほぼ全域が1955年に西海国立公園に指定され、288.5kmに及ぶ海岸線の80%以上が自然海岸のまま保全されています。
島の密度は日本一、常緑広葉樹の森が水面に影を落とし、波静かな浦々は多様な生きものたちの棲家となっています。
陽ざしの変化と共に刻々と表情を変え、季節ごとの花々や鳥たちが彩りを添える景観は、何度訪れても飽くことのない感動を与えてくれます。

02平和公園(平和祈念像・平和の泉)
悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願い

原爆落下中心地公園北側、小高い丘にある平和公園は、悲惨な戦争を二度と繰り返さないという誓いと、世界平和への願いを込めてつくられた公園です。
「平和祈念像」
長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像。制作者の長崎出身の彫刻家北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めました。毎年8月9日の原爆の日を「ながさき平和の日」と定め、この像の前で平和祈念式典がとり行なわれ、全世界に向けた平和宣言がなされます。
「平和の泉」
原爆のため体内まで焼けただれた被爆者たちは「水を、水を」とうめき叫びながら死んでいきました。その痛ましい霊に水を捧げて、めい福を祈り、世界恒久平和と核兵器廃絶の願いを込めて浄財を募り建設された円形の泉で、平和公園の一角、平和祈念像の前方にあります。直径18メートルで昭和44年に完成しました。
平和の鳩と鶴の羽根を象徴した噴水が舞い、正面には、被爆し、水を求めてさまよった少女の手記「のどが乾いてたまりませんでした 水にはあぶらのようなものが一面に浮いていました どうしても水が欲しくて とうとうあぶらの浮いたまま飲みました」が刻まれています。

03雲仙岳災害記念館「がまだすドーム」
1990年11月より約5年間にもおよぶ雲仙普賢岳の噴火。

この地で何が起き、人々はどのように乗り越えてきたか。
自然の驚異と災害の教訓を風化させることなく後世へ残しながら、火山や防災、ジオパークまで、幅広く学ぶことができる「がまだすドーム」として、2018年4月リニューアルしました。
大噴火シアターへの新コンテンツの追加や、普賢岳に見立てた体験アトラクションが楽しめる「こどもジオパーク」、火山や防災を楽しく学べる「ワンダーラボ」などワクワク・ドキドキがいっぱいの新たな魅力が加わりました。

04壱岐イルカパーク
2019年4月25日にリニューアルオープン!

天然の入江を仕切って造られた海浜公園で、イルカがゆったりと過ごす様子が見学できるほか、至近距離でイルカと触れ合えることで人気の「壱岐イルカパーク」が、2019年4月25日にリニューアルオープン!
リニューアルしたイルカパークでは、以前から人気のあった、イルカに魚をあげたり、触れたりして遊ぶことができる「ふれあい体験」に加え、イルカと一緒にシュノーケリングやダイビングを楽しむこともできるようになりました。
敷地内にはカフェスペースが新たにオープン。壱岐の特産品「壱岐牛」や地元の旬の食材を使ったフードメニューに加え、長崎県初出店のパンケーキ専門店のパンケーキやアサイーボウルなどこれまでの壱岐にはないメニューを提供します。

05平戸オランダ商館
日蘭交流の歴史の中で最も繁栄した時期に建築された建物

平戸オランダ商館は、長崎の出島よりも前に建てられ、日蘭交流の歴史の中で最も繁栄した時期に建築された建物です。
その中でも1639年に築造された倉庫は、膨大な量の交易品を保管するために造られたものです。
現在は、当時の貿易に関する史料や貿易品などが展示されています。
平戸オランダ商館のある崎方町一帯は、1609年(慶長14)和蘭船が入港し、1641年(寛永18)長崎出島に移転するまでの約33年間、平戸が我が国唯一のオランダ貿易港として賑わいました。
商館は当初、土蔵付き民家を借りてスタートしましたがその後周囲の民家を壊して、新たに建築。
本館をはじめ、宿泊所、調理場などが整備されていきました。
そして貿易の積荷を保管する倉庫も何棟も建築され、1639年には日本で初めての西洋の石造建造物とされる 「1639年築造倉庫」が完成。
ところが1641年、幕府の命令により商館は取り壊され、貿易は長崎出島に移転しました。
2011年にオープンした「平戸オランダ商館」は、この倉庫の忠実な復元となり、貴重な建物です。

06軍艦島
岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶ

小さな海底炭坑の島は、岸壁が島全体を囲い、高層鉄筋コンクリートが立ち並ぶその外観が軍艦「土佐」に似ているところから「軍艦島」と呼ばれるようになりました。
最盛期の昭和35年(1960)年には約5300人もの人が住み、当時の東京都区部の9倍もの人口密度に達し、島内には小中学校や病院など生活は全て島内で賄えるようになり、映画館やパチンコホールなどの娯楽施設もそろっていました。
端島炭坑の石炭はとても良質で、隣接する高島炭坑とともに日本の近代化を支えましたが、主要エネルギーが石炭から石油へと移行したことにより昭和49(1974)年に閉山、島は無人となりました。
平成21(2009)年4月には一般の方の上陸が可能となり、現在では多くの方が軍艦島上陸ツアーに参加して、軍艦島を訪れています。
上陸ツアーでは、主力坑だった第2竪坑跡や、端島炭坑の中枢であったレンガ造りの総合事務所、大正5(1916)年に建てられた日本最古の鉄筋コンクリート造の7階建て30号アパートなどを見学通路からご覧いただけます。
平成27(2015)年7月5日世界文化遺産「明治日本の産業革命遺産 ~製鉄・製鋼、造船、石炭産業~」として正式登録されました。

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熱中症の予防・対策

  • こまめに水分をとろう!

    水筒などでいつも飲み物を持ち歩き、すぐ水分補給できるようにしましょう。のどがかわいていなくても、こまめに水分をとりましょう。スポーツドリンクなどの塩分や糖分を含む飲料は水分の吸収がスムーズにでき、汗で失われた塩分の補給にもつながります。

  • 衣服を工夫しよう!

    衣服を工夫して暑さを調整しましょう。衣服は綿など通気性のよい生地を選んだり、下着には吸水性や速乾性にすぐれた素材を選ぶとよいでしょう。また、ぼうしをかぶり直射日光をよけましょう。

  • こまめに休憩をとろう!

    暑さや日差しにさらされる環境で活動をするときなどは、こまめな休憩をとり、無理をしないようにしましょう。